サブ2.5への道【完結】

サブ2.5への道

なぜ「サブ2.5への道」をはじめたのか

サブ2.5とは

市民ランナーがフルマラソンの目標タイムを掲げる時に

サブスリーとかサブフォーという表現をすることがあります。

サブスリー:3時間以内でフルマラソン完走

サブフォー:4時間以内でフルマラソン完走

というように聞いてすぐ変換できるものから

サブ20:2時間20分以内でフルマラソン完走

みたいにややこしい言い方もあります。

つまり、単なる言い方の問題です。

そして、

サブ2.5とは「2時間半以内にフルマラソンを走り切ること」を言います。

サブ2.5は「市民ランナーの称号」

「サブスリーはランナーの3%」という見出しを見たことがあります。

ただ、私は継続的にトレーニングを行えばサブスリーは達成可能な目標だと思っています。

もちろん、年齢や体型で難易度は変わってきますが、やる気があれば雲の上のような記録ではありません。

基本的にツボを押さえてコツコツ練習を積み重ねればだんだんと記録が伸びるスポーツですが、

頑張って練習を続ければ誰でも2時間20分を切れるかというとほとんどの市民ランナーが届かないと思います。

そのやれるかやれないかの絶妙な境目がサブ2.5にあると思っています。

僕は走り始めてすぐに参加条件があるマラソン大会があることを知りました。

当時、2時間30分以内の記録を持っていることが参加条件だったびわ湖毎日マラソンです。

「せっかくマラソンやるなら誰でも走れるわけじゃない大会を走ってみたい」

これが僕がサブ2.5を最初に意識した瞬間で、サブ2.5を達成する目的となった出来事です。

麦わら講座との出会い

ある出来事がきっかけで5~6年前に走るのを一度辞めてしまったのですが

2019年春に転職で走る時間が取れるようになったことをきっかけに

減量目的の(当時体重・170cm76kg)ランニングを再開しました。

食事管理と始業前の30分のランニングで半年で16kgほど体重が落ちて

だいぶ走れるようになったことで「また記録を目指して走ろう」という気持ちが湧きあがってきました。

特に他の趣味もなかったので空いている時間も考えているのはランニングのこと

SNSやブログもランニング関係のものばかりを見て自分に生かせることはないかをいつも考えていました。

そこで出会ったのが当時アメブロのランニング部門で3位の方のブログ。

ブログへのコメントで質問したり、自分が書いていたブログにコメントをくださったりしていたのですが

その方がアメブロ内のリキューというサービスで「半年間のランニングコンサル」を販売することを知りました。

このサービスを購入したことで”情報にお金を払うこと”へのハードルが一気に下がり

有料メルマガやオンラインサロンなどを利用するきっかけになりました。

お金を払うからには払った以上のものを吸収して絶対に目標を達成しよう!

という気持ちで自分の練習内容や考えを整理するために書き始めたのが「サブ2.5への道」でした。

アメブロで書いていても良かったのですが、

目標を目指して取り組むプロセスを自分の資産として残しておきたいと思ったんですよね。

麦わら講座に興味がある方はぜひ→https://ameblo.jp/erunrun/

サブ2.5への道、結果は?

結果:2時間33分37秒

PBも目標達成ならず…

実はこのレースを走り終えた直後は走り終わった後の身体の感覚とか今後に向けての伸びしろの部分とかいろいろと考えていたのですが

それ以降に目標となるレースもイベントも何もなかったので惰性でジョグだけを続けているような感じになってしまい、ブログも書かずにそのままにしていたので新鮮な感想を書くことができなくなってしまいました。

幸いに、Stravaに5kmごとのラップとひとことだけ感想を書き残していたので引用しておきます。

1726-1726-1730-1741(70:03)

1752-1815(1:46:10)

1848-1941-859(2:33:38)

ハーフは73分台で後半が80分かかってしまった

開始1kmで自分でレースを作らないといけないことがわかって、Hくんと1周ごとに風除けを交代でいくことにしてハーフくらいまでは順調にいけた。

15kmくらいからもう一段階ラップを落としていれば31分台くらいではまとめられたかも。

でも2.5切りに行ったので悔い無し!

Strava

こうしてグラフなどのデータを客観的に見ていくと

すでに20kmからはペースが落ち始めているのがわかります。

スタートからずーっと2人きりで先頭を入れ替わりながら

一緒に走ってきた練習パートナーでもあるHくんが失速し

単独走になったのがだいたい20kmくらいだったように思います。

いかにマラソンは脳をダマすスポーツなのかがわかりますね。

スタート前に考えていたプランでは20kmの通過を71分としていましたが

実際は70分ちょうどくらいで通過しました。

この1分の差がほんの少しだけ自分の力からは背伸びしたところになっていて

その積み重ねが30km以降の大失速につながったのかなと思いました。

実は30km手前からすでに

「辞めてしまおうか」

という悪魔の囁きが聞こえてきていました。

ただ、エリート大会に出られる資格タイムを持っていない僕にとっては

2020年シーズン唯一のフルマラソンのレースでした。

「途中で辞めたら一年間の努力はすべてムダになる。何も残らない」

という一心でなんとか走り切りました。

これまでのフルマラソンの中で一番過酷なレースだったことは間違いありません。

サブ2.5達成に足りなかったこと

40km走

まず一つは、超長距離を走る機会が圧倒的に少なかったこと。

市民ランナーの中では「30km走」というのがセオリーになっていますが

そこを超えてからが本当のフルマラソンの練習だと実感しています。

極端に言えば

「30kmまで4’00/kmでジョグの延長のような形で走り、そこから10~15kmでトータル3’40/kmくらいのビルドアップ走」

のような練習が必要だったと感じています。

30km走はあくまで30kmまでの練習にしかならないことがわかりました。

自己ベストを狙ってフルマラソンを走るなら、かなり高い確率で後半は失速します。

その失速を最小限に抑える練習が全然足りていなかったです。

40km走というと練習場所までの移動などの時間を含めると

なかなか取り組むタイミングを作ることができませんでした。

なんとか有休を使ったり、超早朝練をやってみたりしましたが

やはり年が明けてからの数回では付け焼き刃に過ぎずでした。

もっと計画的に、少なくとも3ヶ月前くらいからは

そのような練習をしていくべきだったと思っています。

ピーキング

夏場はとにかくがむしゃらに走り

5000mやハーフマラソンでは自己ベストを更新しました。

ただ、12月頃から原因不明の不調で上手く走れず

また、ずっと故障無しで油断していたツケが回ったのか

膝の調子が良くない日が続き

年明けからは走行距離もグッと落ちてしましました。

自分の知らないところで想像以上の負担が身体にかかっていたのでしょう。

「市民ランナーごときにピーキングとは大袈裟な…」

と思う人もいるかもしれませんが

自己ベストを目指すということは身体にとっては未知の負荷をかけるということです。

僕にとっては自己ベストを塗り替え続けてきた一年でした。

今思うと、とっくにピークを超えてしまっていたんだと思います。

もし、もう一度チャンスがあるとすれば

身体の声に耳を傾け、自分をコントロールし

最高の状態で勝負レースを迎えられるようにしたいと思います。

まとめ

今回のチャレンジは「目標達成ならず」という結果になりました。

しかし

これまでの比にならないくらい走ることと真剣に向き合い

練習し、考え、悩みぬいた約10ヶ月の記録は最高の財産となりました。

「サブ2.5への道」は僕の身体を使った人体実験の記録です。

僕と同じ陸上経験の無い市民ランナーにとっては生かせることがたくさんあると思います。

上手く走れた時は驕り、上手くいかないときは言い訳ばかり

甘い考えだった僕の意識を叩き直してくださった麦わらコーチのように

一人でも多くの市民ランナーの力になれるように発信を続けていこうと思います。

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